コラム  ・包丁の話し   
− 包丁の話し −

包丁は、昔は「庖丁」と書きました。「庖」は厨房、「丁」は人の意味で、従って「庖丁」は、本来は料理人を意味し、それから転じて刃物を指すようになりました。一説には、中国の「荘子」に登場する料理人の名が「庖丁」で、それに由来するとも言われています。


著者は、料理人でもなければ、研(と)ぎ師でもないので、庖丁に関して特別の経験や知見を持っているわけではありません。もうずいぶん以前のことになりますが、一時期、セラミック包丁の製造に関係したことがあって、包丁の奥深さを痛感したことがありました。その頃の記憶をたどりながら、一つの話題提供として包丁のことを書いてみました。


包丁の切れ味


切るということは、分子の結合を破壊して物質(食材)を分離することです。ですから、切れ味には先ず、分離のしやすさがあげられます。切るときに、小さな力で分離できることが必要です。そのための条件を考えてみると、(1)刃先角度が鋭角であること、(2)刃の厚みが薄いこと、(3)切断物との摩擦が少ないこと、(切られたものがくっ付かないこと)、(4)刃物の表面粗さが細かいこと、が挙げられます。


トマトを切る場合を考えてみましょう。トマトの皮はツルツルしていて、刃が食い込みにくいです。しかし、いったん食い込むと内部はジュク、ジュクしていて軟らいので、切れ味が悪いと身が崩(くず)れます。したがって、トマトを切るにはカミソリのような薄くて鋭敏な切れ味が必要です。


しかし、ジャガイモや大根やかぼちゃなどをカミソリで切るとしたらどうでしょう。カミソリでは、先ず刃が薄く、刃先角度が鋭角過ぎて、強度と剛性(変形のしにくさ)が不足です。刃の欠けや刃物自体の折れを起こすでしょう。トマトを切る場合とは異なった切れ味が要求されます。力を入れて上から鉛直方向に包丁を押して切るので、所定の寸法と力を加えるのに適した柄(え)を備えている構造が必要になります。


力を入れて押し切る場合、刃の両面(表面と裏面)で抵抗差があると、抵抗の少ない側に刃が逃げて、真っ直ぐ切れないという問題が起きます。そのため、和包丁でも、野菜を切る菜切包丁や一般家庭で多用途に使う三徳包丁などは、両刃になっています。


・包丁の種類 → http://www.tokyu-hands.co.jp/nte_kit_02.htm
・包丁の形状 → http://www.tojiro.net/variation.html
・包丁の各部の名称 → http://www.tojiro.net/bubun.html
・和包丁の使い方 →   http://www.city.sanjo.niigata.jp/~shoko/kajinowaza/houtyou/howto.html


比較的硬い食材を押し切る包丁では、強度を持たせると同時に、楔(クサビ)効果で切れ目を進行させて切っていくために、包丁の断面は、刃部から峰(みね)に向かって厚さを厚くし、かつ食材が包丁にくっ付かないようにハマグリ形状に膨(ふく)らませています。


切り口の鮮やかさという切れ味


小さな力で分離できればそれで切れ味が良いかと言うと、繊細な味や見た目の美しさを重んじる日本料理では、食材の切り口の鮮やかさが重要です。玉ねぎを切るとき涙が出るのは、玉ねぎの中の催涙物質のある細胞を破壊しているからです。切れない包丁で切れば繊維や細胞を壊(こわ)して、肉汁やビタミン、ミネラルなどの栄養素を流失させ、食材の鮮度と味を落とします。また、見た目の悪さだけでなく、食べたときの歯ざわり、舌ざわり、すなわち食感も悪くなります。


例えば、魚を刺身にする場合、ハマグリ形状に膨らんだ刃物では真っ直ぐに切りにくいので、刺身包丁は、一方の面(裏面)をストレートにした片刃になっています。参考図(→ http://washimo-web.jp/Information/Kataha.htm) に示すように、包丁が食材本体に貼り付いて抵抗が発生しないように、包丁の裏面には、裏すきという窪みが設けてあり、表(おもて)面には、切り離された食材が刃に貼り付かないように膨(ふく)らみを持たせてあります。


刃物の刃先は、使用目的によって色々な形状をしています。例えば、木を切るノコギリは、ギザギザの目立てがしてあります。カミソリの刃は、このギザギザが一つでもあると、刃が引っかかってしまい、うまく剃れません。理髪店で使うカミソリは、何回も研(と)いで再使用するので、研がれて磨耗する量が一様でないと、肌に当たる部分と当たらない部分ができてしまいます。従って、カミソリ用の刃物鋼材は純度の高さと材質の均一性が命と言われています。かって、名刀・正宗などに使われた島根県地方特産の高純度の刃物鋼。今日では、ヤスキハガネとして世界のカミソリ材の約60%もの占有率を誇っています。


一方、刺身包丁の刃は、刃先を良く観察すると、カミソリ刃と違って細かいノコギリのようなギザギザが付いています。その方が良く切れるようで、ノコギリのようにギザギザの刃で引き切っているのでしょう。


使い勝手と切れ味感


切れ味を測定する装置に、本多式切れ味試験機と呼ばれる試験機があります。まず、試験する包丁を、刃を上にして機械に固定します。つぎに、一定の荷重をかけた紙の束を刃先に乗せます。試験機のスイッチを入れると、前後に1往復し紙を切ります。切れた紙の枚数によって、包丁の切れ味を判断します。


包丁の切れ味は、『味』という語がついているように、人間の味覚などと同様に、人それぞれだと思います。また、道具として使うときの使い勝手や感性も切れ味を左右するので、切れ味試験結果が数値で示す切れ味と、実際の切れ味感が一致するとは限りません。


例えば、柄を握ったときの感覚。しっくりと手になじむものだったら良いですが、太すぎたり細すぎたりしたら使いにくいです。重たい包丁は、疲れます。しかし、軽すぎると、降ろす力を加える必要があります。あまり力を入れずに、包丁の自重を利用して「落とす」感覚で切れれば、切れ味感も向上します。包丁の各部の寸法や重さ、形状は、長年に及ぶ経験と繰り返し繰り返しの思考錯誤によって人間の感性に最も良く合うように作られているのです。だから、包丁を設計するときには、まず既存の包丁の寸法・形状を良く調査・研究し、真似るのが一番でしょう。


包丁を上から真下に降ろして切るより、手前に引いたり向こう側に押したりして切る方が切れ味が向上し、良く切れることはご承知の通りです。その理屈を考えてみましょう。切るということは、分子の結合を破壊して物質(食材)を分離するためのエネルギを物質に与えることに他なりません。刃先を薄くして鋭敏にするほど良く切れるという事実は、単位面積(例えば、1平方mm)当たりに作用するエネルギ量を高めていることによります。機械的なエネルギは、


     エネルギ=加える力の大きさ×移動距離


で表されます。単に力を加えるより、力を加えながら包丁を動かす方が食材に与えるエネルギ量が大きくなり、分子の結合を分断しやすいわけです。


食文化と包丁


繊細な日本料理を作る和包丁は、それぞれの食材や料理に合った包丁、切れ味が要求されるのでその種類は大変多いです。特に、主たる食材である魚は、種類が多いうえに、専用の包丁で捌(さば)かなければならないものも少なくないです。例えば、骨付きの魚を、刺身包丁で切ってしまうと、刃こぼれを起こします。食材をおろすのには出刃包丁があって、出刃には、小出刃、相出刃、身おろし出刃など、多くの種類があります。刺身包丁にも、柳刃、たこ引、ふぐ引があります。魚を卸すのに使うこれらの包丁は、すべて片刃の包丁です。


野菜用の包丁としても薄刃包丁があり、さらにむき物細工包丁、面取り包丁、皮剥き包丁など、多くの種類の包丁があります。


和包丁は菜切包丁、 三徳包丁と一部の特殊な包丁を除いたすべてが片刃ですが、他の民族は、肉でも魚でもぶつ切りや輪切りで調理するため、凝った形状の包丁は必要でなく、洋包丁・中華包丁はすべて両刃なのです。


ビフテキを食べるとき使うナイフはなまくらですね。きっと味を落としているに違いありません。昔は鋭い刃物を使って食事をしていたようです。王宮での酒宴の席での刃傷沙汰を防止するために、わざと切れないナイフにしたという話があります。また、食事用のナイフは先端が丸くなっていますね。昔は尖(とが)っいて、爪楊枝代わりにも使われていたのを、それが下品であるとの理由で丸くなったということです。


〔備考〕
【なまくら】(1)切れ味が悪いこと。そういう刃物。(2)なまけてだらしなくなっていること。そういう人。

         
中華料理では、角型の重い中華包丁1本で、肉でも野菜でも、全ての切り方をこなしています。柄尻は、にんにくをつぶすのに使ったりします。このように食文化によって、包丁の形状や包丁の種類に違いがみられます。


セラミック包丁


鋼の包丁の場合、食材に金気臭が付いてしまったという経験はありませんか。セラミック包丁なら金気、すなわち金属イオンを出さないので、新鮮な素材の風味を損なうことがありません。刺身や果物などを切るのに最適です。変色し易いりんごや玉ねぎも新鮮に保て、レタスの千切りもできます。セラミック包丁はダイヤモンドに次ぐ硬さを持っていて摩耗しにくいです。しかも錆びることがありません。ただし、落とすと割れるので注意が必要です。セラミック包丁専用の包丁研ぎも市販されていて、手軽に研ぎ直しできます。


・セラミック包丁
 → http://www.furaipan.com/shouhin/23houchou/kyousera-naifu/furaipan150.html
 → http://www.hokiyama.com/ja/caddie-ceramic.html


読者の方々の中には、こだわりのある愛用の包丁で料理作りを楽しんでいらっしゃる方が沢山おいでのことと思います。著者の帰省先の田舎町でも、中高年の男性の料理教室が流行(はや)っているそうです。連れ合いがそう申します。料理を習って、定年後は作ってね!と言っているのです。そうなれば、この「包丁の話し」も、単に話題提供ではすまされず、著者も真(しん)に包丁選びを実践しなければなりません。



2003.11.19 
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